空気が冷たかった今日、日なたに出ると、あたたかくてほっとした。
激しくもなく、穏やかなことに、生きているんだなぁ、と思う。
刻む日になった 3/11。
何を刻めばよいのか。
昨年、被災地にいた方々には、
振り返ることすらまだできない方々も多いと思います。
思い出すことに力を注ぐべき人。
まだまだ忘れることに力を注ぐ人。
笑顔の素晴らしさ、笑顔の痛さ。
今日は、やっぱり、丁寧に生きる、といることを刻みたいと思います。
人にも、自分にも。
不明のままの方々も多い1年。
昨年のこの日の多くの命に
心より、ご冥福をお祈りします。
Sunday, March 11, 2012
Wednesday, March 7, 2012
Hara Museum
憧れの一つに、ガラスという素材がある。ガラスの素材感が大好きで、家にも色々とガラスのものがいつの間にか集まってしまった。震災以降、なるべく一箇所にまとめて飾るようになったのだけれど。
今日は、原美術館で週末まで開催中の、ジャン=ミシェル オトニエルの展覧会へ。ガラスの儚さ、脆さも魅力だけれど、何度でも生まれ変われる逞しさ、柔軟さこそ魅力だなぁ。可愛さ、グロテスクさ、脆さ、すべてをさらけ出してそこに在る、作品たちでした。ムラーノグラスでできたビー玉のような作品。
右:「Dairy Of Happiness」
左:「涙」
たくさん並んだガラスのボトルの中に浮かぶ、色とりどりのガラス。「涙」というタイトル。
涙のホルマリン漬けのような。
様々な涙が水に溶けずに、形を留めているようで、
こういうの心にあるのかな、それとも水に溶けたかな、
などと思う。涙の形もいろいろ。
写真撮影可。(フラッシュNG)
カフェのさらの奥の方では、キッズのワークショップ、ドローイングのスペースが。ジャン・ミシェル・オトニエルの7枚のドローイングから1枚選んで、そこに、自分の夢や好きなものを描き込んでいくというもの。こういうの、いいなぁ。いろんな夢、想像がキラキラしていて微笑ましかったです。
原美術館も、素敵な邸宅にお邪魔した感じで、いいですね。しっかし、平日というのに、混んでいた!!3/11まで。
Monday, March 5, 2012
3.11の表現
雨の月曜日、銀座は空いていた。ニコンサロンで開催中の石川直樹さんの写真展『やがてわたしがいる場所にも草が生い茂る』を観に行く。昨年の震災の時、すでに2日後には現地入りしていた石川くん。その時から何度か訪れての撮影、またそれ以前から、彼がライフワークにしてきている日本各地の儀礼や祭。彼ならではの、ぐっと見入る表現があった。生きるせつなさ、生きる熱さ、写真という静けさの中に。
東京での開催は明日まで。(3/22〜3/28 大阪 Nikon Salon)
ニコンサロンでは、連続企画展 Remembrance 3.11を今月やるようです。チャンスあれば、他の方のもぜひ観に行こうと思う。
東京での開催は明日まで。(3/22〜3/28 大阪 Nikon Salon)
ニコンサロンでは、連続企画展 Remembrance 3.11を今月やるようです。チャンスあれば、他の方のもぜひ観に行こうと思う。
Sunday, March 4, 2012
雛祭り大集合
男の子なので初節句ではないのですが、たまたま雛祭りの日に双方の両親がウチに集まることになり、ゆいを囲んでみんなでゴハン。子供が生まれてからというもの、今まで、なかなかだった家族時間が増えました。おじいちゃんおばあちゃん、嬉しそう!
3/3というわけで、ゴハンは、思いっきり雛祭り〜ちらし寿司は、私の母が、私の祖母のレシピで作ってきてくれ、お豆や卵巻きは、だんなさんのお母さんが。私は、蛤のお吸い物を作るぐらいで楽しちゃいました。写真のシャンパン..のようなものは、アルコールNGの私のために、友人が先日持ってきてくれたもので、アルコール度0.05%未満!泡もしっかりしていて、甘すぎず、雰囲気を十分楽しめました ♪Duc de Montagne。ベルギーのシードルの老舗がつくるノンアルコールのスパークリングです。
(こういうのです ↓ 空ボトルですみません=)
ワイワイ賑やかな中、抱かれたり笑ったりしていたからか、夜は、初めて8時間半通して寝ました!!おかげで、こちらも快眠!最近は、ずいぶん笑うことが多くなり、ゴキゲンなゆい。今、座っているベビービヨルンのベビーシッター(というバウンサー)も、噂通り、助かるグッズ!これに乗って、自分の動きでバウンスしたり、ちょっとゆらゆらさせるだけで、あやせて、抱いてあやす時間が少し減り、腕が救われてます。そうそう、左で拳をかかげ、自分で眺めるのにハマっています。もしかして、私と同じ、左利きか??と、内心、前のめりに嬉しい私です。
3/3というわけで、ゴハンは、思いっきり雛祭り〜ちらし寿司は、私の母が、私の祖母のレシピで作ってきてくれ、お豆や卵巻きは、だんなさんのお母さんが。私は、蛤のお吸い物を作るぐらいで楽しちゃいました。写真のシャンパン..のようなものは、アルコールNGの私のために、友人が先日持ってきてくれたもので、アルコール度0.05%未満!泡もしっかりしていて、甘すぎず、雰囲気を十分楽しめました ♪Duc de Montagne。ベルギーのシードルの老舗がつくるノンアルコールのスパークリングです。
(こういうのです ↓ 空ボトルですみません=)
ワイワイ賑やかな中、抱かれたり笑ったりしていたからか、夜は、初めて8時間半通して寝ました!!おかげで、こちらも快眠!最近は、ずいぶん笑うことが多くなり、ゴキゲンなゆい。今、座っているベビービヨルンのベビーシッター(というバウンサー)も、噂通り、助かるグッズ!これに乗って、自分の動きでバウンスしたり、ちょっとゆらゆらさせるだけで、あやせて、抱いてあやす時間が少し減り、腕が救われてます。そうそう、左で拳をかかげ、自分で眺めるのにハマっています。もしかして、私と同じ、左利きか??と、内心、前のめりに嬉しい私です。
Friday, March 2, 2012
3月になり。
昨夜は、J-WAVE のイベント(@恵比寿ガーデンホール)に参加してきました。例年、この時期に TOKOIO HOT 100 AWARD という授賞式を開催しているのですが、今年は、昨年の震災をうけ、チャリティライブイベント。
仙台出身のRAKE や レミオロメンの藤巻亮太さん、Bonnie Pinkなどなど、アーティストのみなさん渾身のライブ。そして、会場内では、募金の呼びかけと共に、昨年、私が担当していた番組"CURiOUS"で行った、震災へのチャリティギャラリーでの出品作品も展示販売。これは、リスナーの方々が、手作りのものを出品頂き、原宿のギャラリーで数日、展示販売させて頂いたものなのですが、ほんとーに想像を超えるクオリティと数を頂戴し、出し切れず、今回この会場で再度、やらせて頂きくことになったのでした。今回も、いらした皆様のご協力、お気持ち、ひしと受け取り、しっかり J-WAVE を通して、被災地へ役立てたいと思っています。ありがとうございました!!
レミオロメンの藤巻さんは「どうしても同じ体験はしていないから、代弁はできないけれど、それは震災でなくても、それぞれが、それぞれの人生しか歩めないわけで、共感できるところをめざして歌えたら」というようなことをコメントしていました。「光をあつめて」いい曲でした。
MONKEY MAJIKは、献身的に被災地(地元)でボランティア活動を続けるアーティスト。
「振り返る暇はないぐらいあっと言う間」とこの一年を表現していました。
もうすぐ一年。時は、たしかに前に進んでいるのでしょう。
押されるように、押し出されるように、前へ動くのではなく、
自分たちで、時を引き連れていけるような、
進む力を、まだまだ、みんなで生んでいかないと。
人生は、それぞれ枝分かれ。でも、根っこは同じところにあるのだろう。
根が腐れば、わたしたち、それぞれの枝もいつか枯れてしまうだろうし、
活き活きした幹、根であるように、痛み、喜び、分かち合おうという気持ちの大切さを思う。
仙台出身のRAKE や レミオロメンの藤巻亮太さん、Bonnie Pinkなどなど、アーティストのみなさん渾身のライブ。そして、会場内では、募金の呼びかけと共に、昨年、私が担当していた番組"CURiOUS"で行った、震災へのチャリティギャラリーでの出品作品も展示販売。これは、リスナーの方々が、手作りのものを出品頂き、原宿のギャラリーで数日、展示販売させて頂いたものなのですが、ほんとーに想像を超えるクオリティと数を頂戴し、出し切れず、今回この会場で再度、やらせて頂きくことになったのでした。今回も、いらした皆様のご協力、お気持ち、ひしと受け取り、しっかり J-WAVE を通して、被災地へ役立てたいと思っています。ありがとうございました!!
レミオロメンの藤巻さんは「どうしても同じ体験はしていないから、代弁はできないけれど、それは震災でなくても、それぞれが、それぞれの人生しか歩めないわけで、共感できるところをめざして歌えたら」というようなことをコメントしていました。「光をあつめて」いい曲でした。
MONKEY MAJIKは、献身的に被災地(地元)でボランティア活動を続けるアーティスト。
「振り返る暇はないぐらいあっと言う間」とこの一年を表現していました。
もうすぐ一年。時は、たしかに前に進んでいるのでしょう。
押されるように、押し出されるように、前へ動くのではなく、
自分たちで、時を引き連れていけるような、
進む力を、まだまだ、みんなで生んでいかないと。
人生は、それぞれ枝分かれ。でも、根っこは同じところにあるのだろう。
根が腐れば、わたしたち、それぞれの枝もいつか枯れてしまうだろうし、
活き活きした幹、根であるように、痛み、喜び、分かち合おうという気持ちの大切さを思う。
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